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浅田真央、その純真さと偉大さ

 JUGEMテーマ:スポーツ

浅田真央の「笑顔」「スマイル」、それがみたい、みれればそれでいい、ということにおいて、何がこちらがわと真央自身におきているのだろうか?
超絶した彼女が、世界で感動をもたらしているのはなぜなのだろうか?
そうした問い自体さえ、無意味にさせていく力とはいったいなんであるのか。
くりかえしながれる、あのフリーの演技は、みればみるほど圧巻となった深みをわたしたちにあたえつづけていくのは、どうしてなのか。
真央自身が、自らをふりかえりはじめている。そして、この4年間の苦闘の日々の実際が、すこしづつはっきりと語られはじめている。昨日のフジTVの真央特集は、真央自身が自らの映像をみながら、語った貴重なものであった。
人は、現実に直面した時、そこに少しづつ、おもいのままにならない実際に、折り合いをつけて妥協をしていく、つまり不可能さに自覚と認識の根拠をさがし自己制限して、およそ、自分自身の限界へそれをなっとくさせていくものだが、真央は逆である。徹底して、三回転ジャンプ、そしてトリプルアクセスに挑戦していくことを放置も封印もしなかった。だれもなしえない閾への挑戦をやめなかった。
実際の大会においての成功率が、半々である、そこにおりあいをつけなかった。佐藤コーチも、一度たりとも封印等しなかった、無理だとおもわれたとき、とばなかったにすぎない、練習は一度たりとも回避等していないと述べていた。泣きながら練習しつづけたときもあったという。ジャンプで、流れがとまりがちなそこに、流れという連続の優雅さを形成していったのだ。
人が「純粋」であるということは、ふりかかってくる現実の規制関係をそこに加味しないということだ。フィギュアであれば、審査員たちの採点基準である。キムヨナは、そこを読んで、自分のベストの構成をつくった。それをつくりえることも、たいへんな能力であるが、真央はそこに計算をいれない、自分が挑戦している構成をひたすら完成させていく。失敗のリスクを回避しない。自分が演じられる最高度のものを、おりこむだけだ。それが、観るファンをひやひやさせるが、なされえたとき、こちらにどっと感動がもたらされる。
人は、社会関係や規制関係をうけて生きていく。自分がなしえないことを、知っていく。だが、真央は、それをしなかった。ただ、その一点である。だから、できなかったとき、スケートをやめたいと思った。トリプルアクセルをしないで、高得点の構成をなしうる力能があること、それは実際でさえ、証された。しかし、真央は、トリプルアクセルを回避する道を、すこしもやめなかった。依怙地、頑固、という性格をスケートでは、つらぬいた。
金メダルをめざしたのは、それが目的ではなく、そこに自分の完成度が実現されるからだ。だから、バンクーバーで、銀メダルをとっても演技が自分に完璧でなかったため、悔し涙をながした。ソチでは、メダルを取れなくても,フリーで完璧であったことに、自分で納得していた。ショートで失敗し、とりかえしがつかなくなって、メダルをのがした、その悔しさがあっても、それ以上に、自分がめざしたものをやりぬいたことを優先させている。
それを、わたしは、この子はすごい人だと称している。
それを、純粋さの貫徹、純真さの偉大さとたたえている。
それは、普通の人がなそうとしてもなしえないことだ。なそうとすると、ただ愚鈍になっていく。だが、真央による追求は、愚鈍さにならない、ただただ純粋なのだ。おとなびてきてはいるが、子どもの純真さのままの言動を、しっかりものとしてつらぬいている。
他者からの雑音や非難などにゆれうごかない。大人になれなどということは、無意味である。
純粋は、形而上学的にしかなりたたないことを、真央は実際において、ながいスケート人生の中で、ひたすらつらぬいた。人は失敗するものだ、と一般知を自分へむけて体験的に知っていても、それを制約条件にはいれていない、まったく別次元で動いていく。凄まじい、あくなき練習の努力。
ショートでは、新しい曲に挑戦すべきであって、過去の曲のくりかえしをすべきではなかった、また、基礎からのやりなおしなどすべきではなかった、真央はただ新たな挑戦へ新たな地平へと道をひらいていくひとであるべきであった、といってみてももうはじまらない。素直にローリーの提案のノクターンをうけいれ、素直に佐藤コーチの指導をうけいれた。タラソワの飛躍への提起に、見事にこたえていった。ラフマニノフに打ち勝った。
もう、身体成長の変化も、さほどのことではない閾へはいっている、あと4年、真央が真央である可能性が、真に開花するときになるのかもしれない。だが、体力との戦いが、そこにはまちうけていこうが、なにかもう自分との戦い以上のなにかが、そこにはあるようにおもわれる。
世界選手権では、完璧さが達成されるかもしれないが、そこから真央の挑戦が、またはじまることを、ファンは待ち望んでいる。女王らしく、登場していくのを。
毎回の大会はしばしやすんで、それはもう回避ではないのだから、円熟した演技をみせてほしい、とファンは願う。
| 山本哲士 | 00:53 | - | trackbacks(0) | pookmark |
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TETSUJI YAMAMOTO

山本哲士【やまもと・てつじ】
文化科学高等研究院ジェネラル・ディレクター
政治社会学。ホスピタリティ環境学、企業環境学。
ホスピタリティビジネス設計、場所環境設計。
スイス国際学術財団F・EHESC ジェネラル・ディレクター。


Pedagogy Ph.D 1981-2008:Shinshu University, Professor of political sociology / environmental cultural sciences/hospitality environment
1980 Tokyo Metropolitan University、post-graduate of human sciences / doctoral course
1975 Studies abroad to Mexico CIDOC(Centro Intercultural de Documentacion)
1986 Director of "IICHIKO"quarterly magazine
1990 General Director of EHESC
2000 General Director of F・EHESC(Geneve)

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